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2025/06/17
月刊サルバドールズ

 

月刊サルバドールズ #23

木村 由貴子/株式会社ブリジック 代表取締役

 


 

 

 

「生き抜くために一番大切な力は受援力。

 

Profile:

栃木県矢板市出身。大学卒業後、就職氷河期世代として数々の職種を経験(大学研究室、県立高校英語科非常勤講師、企業内翻訳通訳、語学講師)。2014年に株式会社ブリジック創業、代表取締役。異文化コミュニケーションを企業の軸としながら翻訳通訳、人材研修(語学、異文化コミュニケーション等)、人材派遣/紹介を事業の三本柱とする。矢板市商工会理事、矢板市人権擁護委員、高校PTA役員を兼任しながら絶賛子育て中。

 

 

Q1:人生において大きな影響を受けた本はありますか?また、よく人にプレゼントする本はありますか?

をプレゼントすることはあまりないのですが、出産祝いで絵本をプレゼントしたことはあります。特に2人目のお子さんを出産された方向けの本です。実は私も2人目を出産した時に友人から『ちょっとだけ(瀧村 有子・作)』という絵本をいただきました。この絵本はなっちゃんという小さな女の子が弟が生まれてお姉さんになったので、ちょっとだけ自分の力でやってみる、というとても健気で可愛らしい絵本です。上手くいかなかったり、本当はいっぱい我慢していたり…。私自身がこれを話しながら泣きそうです。この絵本は2人目を産んだお母さんなら泣いてしまうんですよ。私も絵本の内容に感激して、長男と一緒に読みました。読みながら「長男もこんな風に我慢していたのかな」と想いを馳せました。

人生において影響を受けた本は『知ってるつもり 無知の科学(スティーブン スローマン&フィリップ ファーンバック・著)』です。自分たちが知っている、理解していると思っている事柄は実は知識の錯覚である。自分が接したのは1つの知識であり、実は多面的な見方や別の視点もあるんだよ、ということを著者は伝えています。人間は1つの側面を見てすべてを理解した気になってしまうことがあるけれど、そうではなくて「無知」を出発点にして、物事を多方面から見つめたり、違った視点を持ったりすることの大切さを説いています。著者が行動経済学やAI研究などの知識を活かして、世の中の様々な「知ってるつもり」の正体と知性の本質を明かしていくという内容です。

「知識のコミュニティ」がキーワードだったと思います。自分自身がコミュニケーションを図る時にどう振る舞うべきかということがたくさんの事例と共に詳しく解説されています。一部だけ抜粋します。「人間は自分が思っているよりずっと無知である。無知であるという自覚の欠如が時として、不合理な判断や行動という形で個人や社会に危険な影響をもたらす。私たちは個人として、社会として、どうすれば無知を乗り越えていけるのか。」というようなことが書いてあります。さらに「意思決定は共同体という視点で捉えるべきで、意思決定に必要な知識は個人の頭の中だけじゃなくて、知識のコミュニティに存在している。」とも書いてあります。

よく「論破」という言葉を聞きますが、こういうことを知ると相手を論破できなくなると思うし「多面的にはそういう考えがあるんだ」と相手の立場にも配慮するようになるかと。論破するよりも知識を共有して情報交換して自分の知識をより深めることの大切さについて改めて考えさせられた一冊です。

その考え方はブリジックが軸としている異文化コミュニケーションにも繋がっていると思っています。自分の立場や知識、背景だけじゃなく、相手の考えや背景を理解することや理解しようとすることが大切だと感じています。知識のコミュニティという場で自分自身がどう振る舞うかということに加え、自分に足りない部分も補っていけるのかなと思いました。そういう点ではとても影響を受けた本です。けっこう前に出た本ですが、文庫化されています。

 

 

Q2:ここ1年以内においてあなたの生活に最も良い影響を及ぼした1万円以内の買い物は何ですか?

万円を超えてしまうのですが、最も良い影響を及ぼした買い物で思い浮かんだのは『ホットクック』という電気調理鍋です。私は普段から「家電を活用して家事をどんどん省力化していこう」と周りに勧めています。以前からヘルシオのオーブンレンジなどは使っていたのですが、ホットクックのおかげでとうとう炒め物もお任せできるようになりました。すごいですよ!材料を入れてスイッチを押すだけで炒めものが出来ちゃいます。だから「なんだ、もっと早く買えば良かったな」と思いました。少し前に展示品として販売されていたものを安く購入したのですが、高いものばかりではなくて、いろいろな価格帯のものがあるので1万円以内のものもあると思います。

1万円以内ならサブスクのオーディオブックですね。2020年くらいからずっと使っていました。それまで本はなかなか読めなかったのに、オーディオブックのおかげで多い時は月20冊とか読めるように、というか聴けるようになりました。車の移動や家事が苦ではなくなったし、生活にも良い影響がありました。でも今は購入した音声をじっくり聴こうと思い一時的に解約しています。

 

 

Q3:自分の中では失敗したと思った出来事が後の成功につながったことがありますか?具体的に教えてください。

敗が多すぎてどれを言ったらいいのか分かりません笑。

でも長いスパンで考えると、就職氷河期にやりたかった仕事に就けたのに失敗した…と感じていました。元々高校の英語教員になりたかったんです。でも念願の高校教員になってみたものの社会人なりたての私には高校生への対応が難しく感じ、そこで挫折を感じたというか、転職してしまったんです。その後は企業で翻訳通訳をしたり、留学したり、戻ってきてまた企業で校正をしたり翻訳通訳をしたり、同時にフリーで語学講師を経験したり、といろいろ挑戦してみました。夢だった高校教員の仕事は続ける事ができなかったけれど、いろいろ経験するうちに翻訳通訳では奥深さや楽しさを感じる事ができたし、社会人向けの語学講師では手ごたえを感じる事ができました。そしてブリジックを立ち上げたら、こういった経験をすべて活かすことができました。翻訳通訳事業や語学研修事業はもちろんのこと、派遣事業に関しては私自身が派遣で働いた経験が大きいですね。やりたかった仕事に失敗したと思った事もあったけれど、今ではその後の経験を活かすことができたかなと思っています。人生どうなるか分かりませんね。

 

 

Q4:よく思い出したり、人生の支えとなっていたりする言葉はありますか?ことわざや誰かの言葉、あるいは自分が考えたオリジナルな言葉でも構いません。

校生の頃からずっと一貫していて『人事を尽くして天命を待つ』です。「持てる限りの力を尽くしたなら、あとは天命を待ち示された道をゆこう」といった意味ですかね。高校生の時この言葉をプリントの後ろに書いて、デスクマットにいれていました。このプリントが何年か前に行った断捨離でクローゼットの奥から出てきたんです!この話は会社のブログでも紹介しています。

当時、高校入学前から目指していた大学の入試科目が私の学年から変更となり、大学受験に深く悩んでいました。その年から新たに数学が試験科目に加わりました。正直、数学は捨てて文系三教科で準備していたので、そこに数学も…となった時に愕然としました。とても不安だったけれど、やるだけやってみるしかない、集中するしかない、と覚悟を決めました。当時は『人事を尽くして天命を待つ』という言葉を支えにできる限り頑張ってみよう、という気持ちでした。そして、その勢いのまま頑張って数学も勉強しました。諦めれば良かったのにね。他の私立三教科の大学も目指して、数学も頑張って。たった数ヶ月で数学がなんとかなるわけないのに…と分かっていたけれど結局、しっかり目標を定めきれずに自分を追い込み過ぎてしまい受験前日に体調を崩し第一志望校は不合格でした。

でも、進学した大学での恩師との出会いがブリジックの軸を「異文化コミュニケーション」とする事につながってるから、それはそれで良かったですね。当時は「私はなんて運が悪いんだ」と思っていたけれど、今なら「とても良い出会いにつながって、運が良かったな」と思っています。

 

 

 

 

Q5:今まででお金、時間、エネルギーなど何でもよいが自分のリソースを投下して最も価値のあったものは何だと思いますか?

さに時間とエネルギーを注いだといえば子育てです。子育てはどちらかというと価値があった、というより幸福をもたらしてくれたという感じです。価値があったということで考えると、やはり起業ですかね。お金も時間もエネルギーもすべて捧げました。

私の場合、たぶん仕事していなかったら育児に全力投球しすぎていわゆる毒親になっていた気がします。仕事が忙しかったから、良い塩梅に育児とも距離を保っていたと思います。そして家に帰ったら残された時間もエネルギーも育児に注いだという感じでした。受験期にはお金も笑。

働きに出ていた頃は朝5時40分に家を出る生活をしていて、子どもたちが寝ている間に出かけなければいけなかったので寂しい思いをさせました。明け方に息子が起きてしまって泣きつかれたけど仕事に行かなければならなかった事があって、それが一番辛かったです。そんな時に所属していた会社の代表が引退することになりました。だからそのタイミングで「私も会社創っちゃおう!」という感じで起業しました。異文化コミュニケーションの架け橋になりたい、企業のお役に立ちたい、という気持ちが強かったので起業したのですが、子どもたちともっと一緒にいたいという想いも同じくらい強かったです。

子育てのために起業したつもりが、お金も時間も寝る間も惜しんですべてを会社に注ぎ込んでしまいました。でも、やっぱりそれだけの価値はあったと思います。今は落ち着いてきたので、体を壊すくらい時間やエネルギーを投下することはほぼなくなりました。とても優秀な仲間が回してくれるので、感謝しています。

愛用している手帳の陰山コラムで「仕事は麻薬だ」という記載がありました。経営者はのめり込んでしまう傾向にある、と。経営者だけじゃないかもしれないけれど、やればやるだけ結果が出るから、ついのめり込んでしまうそうです。そういう言葉をコラムで見つけて、ハッとしました。私も実際に起業1年目で体を壊してしまった経験があるので、それからは健康第一を掲げています。エネルギーの注ぎすぎも問題のようで、やはり何事においても健康第一でバランスが大切ですね!

 

 

Q6:自分の中でくだらないけれどなぜか止められないクセや習慣はありますか?

れもいっぱいあるのですが…笑。「もったいない」と思う気持ちが強くて特に食べ物を残すことができません。毎日食べるヨーグルトの器に残るヨーグルトさえも気になります。自分で作った蒸しパンの最後の一切れを使って器をきれいに拭き取って食べます。フランスにいた頃は食器に残ったソースをパンできれいに拭き取って食べると作った方が喜んでくださるので堂々とやっていたけれど、ちょっとお行儀が悪いと思って。だからあまり人前ではやらないように控えています。

あと、ちょっとしたことですが紙類もそのまま捨てるのがもったいなくて機密性のない紙は裏紙としてメモ書きに使っています。祖父母の影響もあるのかもしれません。例えば祖母が仏壇にお供えしたごはんを必ず翌朝食べるとか、器に残ってるお米をきれいに集めて絶対に残さないとか、そういう姿をよく見かけていました。私も仏壇にごはんをお供えしていますが、翌日のお昼にお粥やリゾットにして必ず食べています。周囲から笑われてしまう事もありますが「もったいないクセ」は止められません。

 

 

Q7:ここ数年であなたの人生をよりよくしてくれた新しい考え方や行動はありますか?

一言で表すなら『受援力』です。数年前にNHKのラジオで耳にした言葉で、困った時に他者に助けを求めたり、その助けを受け入れたりする能力や心構えを指します。災害支援の場で使われることが多く、被災地が外部からの支援を適切に受け入れるために必要な力として注目されています。私は今、矢板市で人権擁護員という役割をいただいて活動しています。人権擁護委員は人権に関する相談を受けたり、人権の考え方を広めたりする活動を行う民間ボランティアです。その活動の一環として矢板市の小中学校で人権に関する講話を行っています。子どもたちにどんな話をしようか考えていた時に、湊かなえさんの『未来』という本を読みました。ネタバレになってしまうので内容をあまり詳しく話せないのですが、上手く人に頼ることができずに悲しい結末になってしまうケースがいろいろと出てくるお話です。読んでいてすごく辛くなってしまう場面が多いのですが、読んだ後に自分の心に深く印象に残りました。そして「もし、この人たちに『受援力』があったら…」と思い、小学校での人権講話はこのトピックにしました。元々は災害支援の時に使われる言葉でしたが、今では自分の限界を認識して周囲に助けを求めたり頼ったりして解決策を見つける、といった広い意味で使われています。生き抜くために一番大切な力は人に頼ることなのかな。誰でも危機的な状況に遭遇することがあると思いますが、そういう時にいかに人を上手に頼るか、ということが大事ですよね。

人権擁護委員という役割についても、日々忙しく過ごしていることもあり、時折「なんで私なんだろう」と思うこともありました。でも、この『受援力』という考えを広めたいと思うようになってからは前向きに活動できるようになりました。誰かの力を必要としているのに上手く周りに言えなかった人たちに届けばいいなと思っています。

私もよくよく考えたら、今こうやって会社を経営していられるのは周りからの助けを受けているからなんです。それを受けてきて今があると思っています。これから先のことを考えた時に「そうか受援力。自分は受援力を磨いていけばいいのかな」と。人に頼るだけじゃなくて、自分より優秀な誰かが活躍する環境を整えるとか、その人の活躍を支援するとか、そういう風に考えていこうと強く思いました。最近は、なにか話してください、書いてくださいと頼まれると受援力のことばかり話しています。小学校で講話したあと子どもたちからたくさん感想をいただいたのですが、思った以上の反応でした。低学年のお子さんには難しかった部分もあると思いますが、高学年のお子さんからは「辛い時だけじゃなくて、夢を叶える時にもその夢をたぐり寄せる助けになる力」という感想をいただきました。それを聞いて改めて子どもたちにこの話をして良かったと思いました。

 

 

Q8:これから新たな挑戦をしようとしている若者へ伝えておきたいアドバイスはありますか?あるいは他者からのアドバイスで無視した方が良いと思うものはありますか?

かに挑戦する時、「失敗を恐れない」という言葉をよく耳にしますよね。もちろん、失敗はしていいと思いますが、何でも失敗しようということではなくて、避けられる失敗は避け、失敗してはいけない場面では失敗しないように対策する。でも「挑戦」という意味ではどんどん失敗していこうという感じです。自分の中でこれは失敗してもいい、これは失敗しちゃいけない、という風に失敗の種類を分類することが大事だと思っています。本の紹介ばかりで恐縮ですが『失敗できる組織(エイミー・C・エドモンドソン・著)』という本があります。これは心理的安全性を提唱されたエイミー・C・エドモンドソンさんの書籍です。心理的安全性は、組織の中で自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態を表す度合いのことです。心理的安全性は失敗しても大丈夫というのがベースにあると思います。失敗を責めるとかそういうことではありませんが、企業の中には事前に避けられることと絶対に失敗してはいけないことがあります。だから失敗しないよう事前に準備して充分に二重三重の仕組みを作ります。

例えばブリジックの場合、一番失敗したらいけないことは機密性を保つことです。この中には情報の管理や送り先を間違えないようにといった基本的なことも含まれています。一方、お客様にとって良いと思う企画書を作成しプレゼンしたもののニーズと違ったことがありました。このケースはトライアンドエラーというか、時間もお金もかけて一生懸命、考えて練ってアイデアを出したけれどちょっと違った…という失敗ではありますが、こういった失敗はいいのかなと思います。ヒアリングの場をいただき、今後別のサービスでお役に立てるのでは、と再考するきっかけになりました。このように何でも失敗礼賛ではなく、自分にとって良い失敗と悪い失敗を見極めてどんどん挑戦していけたらいいなと思います。

 

 

Q9:ここ数年で、うまくNOと言えるようになったこと(ビジネスでもプライベートでも)はありますか?断るコツはありますか?NOと言えるようになった結果、新たに気づいたことや役に立ったことはありますか?

NOと言えないですね笑。NOとは言わず、できる条件を提示します。実はこの間、PTA会長を退任したばかりで…もうPTA活動は少し控えようと思っていたのに学校から電話がかかってきました。だからNOの代わりに「私はフルタイムで働いているので、年に何回ぐらいなら参加できます。学校に行かなくて済むお仕事ならできます。」といったように自分のできる範囲を提示しました。

例えばお客様からこれはちょっと難しいかもしれない…というご依頼をいただいた場合も「時間が短すぎて、ここまでの質を保てません」とか「いつも担当している人ではなくなります」とか「こういう理由で価格が上がってしまいます。」とこちらの条件を伝えます。できないではなく、もしやるとしたらこうなりますよ、と伝えます。それで条件が合わなければ仕方ないし、こちらからNOと言わなくて済みます。なるべくNOとは言いたくないです。

息子がiPhoneを使い始めたのですが、スクリーンタイムで親側がある程度、使用時間などを管理できるようにしています。その管理をけっこう甘くしているつもりですが、息子はスマホばかり見ているような気がします。さらに、もっとやりたいと私に延長申請してきます。そこでNOという代わりに、条件を提示します。条件は勉強だったり、お手伝いだったりその時によって様々です。このやり方で、ただ人に依頼するのではなくて「僕、○○するから、△△もするから。もっとゲームしていい?」と私にプレゼンしてくれるようになるといいな。

本当は、はっきりNOと言えた方がいい場面もあるんでしょうけどね。

 

 

Q10:行き詰まった時、考えがまとまらなかった時、集中力が途切れた時、どうしていますか? 

問自答したいと思った時にはメモ書きしたり、瞑想したりします。瞑想といっても大それたことではなくて、睡眠時間が足りないと思った時やもやもやする時に1~2分瞑想したり、あとは定期的に『瞑想のすすめ』というメールを社員全員に送ったりしています。あんまり送りすぎるとあれだけど笑。瞑想の実施方法など呼吸に集中して深呼吸してまずはそこから始めようみたいな内容です。前回送ったメールは瞑想の本やYouTubeでの紹介に関する内容でした。瞑想は受験の時から取り入れていて、自分でもいつから始めたかよく覚えていません。瞑想しながら指を回すと頭がスッキリして良いという話を何かで見かけてからずっと続けています。

メモ書きについては、裏紙に考えがまとまらない部分を思うまま書くような感じで文字にしますね。裏紙ではなくてノートでも良いと思うけれど、私は裏紙に書いています。このメモ書きは『ゼロ秒思考(赤羽 雄二・著)』という本を参考に続けています。

 

 

Q11:サルバドールされたアートや芸術はありますか?単純に好きなアートや芸術でも構いません。 

の好きな舞台芸術はクラシックバレエです。私はクラシックバレエにとても大きな影響を受けました。芸術として鑑賞することも好きですが、習っていたことがあります。私は元々、文化部に所属していてこれまで運動らしい運動をやったことがなかったのですが、大学に入学した時から週3~4回、多い時は週5日レッスンに通っていました。発表会の前になると日曜日もレッスンになり、ほぼ丸一日バレエという日もありました。バレエをやっていたから、少しは体力ついたんだろうなと思っています。間近でストイックな人を見てきたので「やり尽くす」ということに関しても影響を受けましたね。

高校を卒業するまではまともに運動したことがなかったんです。バレエ以外の習い事はいろいろやらせてもらったけど、実家の近くにはバレエ教室がありませんでした。「バレエをやりたいな」と思いながらもずっとできなくて。でも本当にやりたかったのはバレエでしたね。大学に入学した時にバレエ教室の近所にアパート借りて、そこからはのめり込みました。大学を卒業してフランスに留学した時もレッスンを受けていました。帰国してからも続けていたのですが、結婚して静岡に引っ越すのを機に辞めしまい、それからはやっていません。でもあの時あそこまで自分を追い込んでバレエをやっていなかったら、体力は今より全然なかったと思っています。またバレエをやりたいなと思っていますが、なんだかもう恥ずかしいとかいろいろ考えてしまって。でもYouTubeで時々バレエエクササイズをやっています。年齢制限はないんですよね。私が通っていたバレエ教室に還暦を過ぎたぐらいの会社社長がいて、素敵だなと思っていました。今は近くにヨガやピラティスの教室があるのでそちらに通っています。感性的にも、体力的にもサルバドールされた芸術はバレエですね。

 

 

Q12:人生のターニングポイントにおいて、あなたに大きな影響を与えた人物は誰ですか?(有名人でも誰でも構いません)または誰にサルバドールされましたか?そして誰をサルバドールしたいですか?

ーニングポイントで影響を受けたのは父です。父は私が結婚する時に「仕事を辞めて栃木に戻ってきて、実家に一緒に住まないのなら結婚は絶対に許さない」と言いました。それを聞いて「信じられない!」と父にものすごく反発しました。夫もすぐには仕事を辞められないし、結婚という大きなターニングポイントで思いきりかき回されました。でも結局は夫が仕事を辞めてくれることになり、一緒に栃木に引っ越してきました。そうなったきっかけは父でしたね。

父は私が中学生の時に起業しています。起業に関する細かいことは主に母がやっていて、その時に母がすごく振り回されている様子を見ていました。父が会社を経営している様子を見て「あれはもっとこうした方がいいな」と横で生意気なことを考えていました。経営のやり方に関して意見が異なる部分もあったので「父にできるなら私にもできるかも。私も会社創っちゃおうかな。」と考え起業し、今に至ります。でも、あの時そういう風に思えたのは起業した父の影響が大きかったですね。父は時々、ブリジックの事務所に来ます。「事務所までは来ないで」と言いますが、普段から話もするし、仲も良いです。いろいろなことを相談したり、それに対して意見をもらったりしています。今、事務所の移転を考えていて、物件に関しては父の方が詳しいからその相談もしています。経営に関する相談はあまりしないけれど、父がいつも「整理整頓」と言っているので、その部分に関しては意識しています。ただ、思春期の頃は大嫌いで、結婚する時も大嫌いで、その時はまともに話もしなかったけれど、今となっては良き経営者仲間という感じです。

私には姉がいます。姉は元々、栃木にいましたが、私が大学にいた頃は私のアパートに転がり込んで一緒に住んでいたことがあります。姉は私が卒業するタイミングで実家に戻りました。でも実は私もどこかのタイミングで栃木に帰って来たいという気持ちはありました。実家の田舎の雰囲気が好きですし、ここで暮らしたいという気持ちは常にどこかにありましたね。父の言葉を理由にして夫を説得したみたいなところがあったかもしれません。

最初、夫は仕事を辞められないと言いました。夫は当時、電機メーカーで開発の仕事をしていてそれなりの収入もあって、独身貴族だったんです。だから今の生活レベルは変えられないみたいなことを言っていました。それなら私が働くからと説得しました。結果的に夫と栃木に来て、夫の収入は半分程になってしまいました。けれど夫は「収入半分、ストレス1/3以下」と言ってくれました。別に収入が半分になっても私が働けばいいわけだし、それで元の収入には戻ると思っていました。それでストレスが1/3以下なら良いんじゃないかなという感じです。傍から見ていると、ストレス1/5以下ぐらいじゃないのかなと感じる時もありますが、結果オーライですね。父の頑固さのおかげで今があるので、今ならあの時の頑固親父にも感謝かな。

サルバドールしたいのは次の世代の人たちです。「何と言っても2人息子達を!」だけれど、人権擁護委員をやってみて困っている子どもたちの力になれるなら、できることをやっていきたいなと考えています。先程お話した受援力の話は機会があったらまたしたいと思っているし、まだあまり知られてない言葉だと思うのでもっと広めていきたいです。誰かを頼ることは悪いことじゃないんだと伝えたいです。誰かに頼られると、頼られた側も嬉しくなります。危機を脱するという経験はその後の人生にも影響があると思います。誰かの支援を上手に受けるというのはとても大切なことです。そのことを多くの人に知ってもらうためのアイデアを出して、これからも活動を続けていきたいです。

 

 

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