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2026/05/07
月刊サルバドールズ

 

月刊サルバドールズ #27

市川 友章 / 芸術家

 


 

 

 

「もし、志があるなら諦めないでやった方がいい

 

Profile:

1977 千葉県生まれ

2002 東京藝術大学絵画科油画専攻卒業

2004 同大学大学院油画技法材料研究室修了

 

個展、グループ展などで怪人をモチーフにした油彩画、及び木彫作品を発表。代表的な展示に「THE WORLD IS MINE !」(ビリケンギャラリー)、「分水嶺」(√K Contemporary)など。ラインスタンプ「怪人スタンプ」がLINE Creators Stamp AWARD 2014 みうらじゅん賞を受賞。怪談えほん『おろしてください』(有栖川有栖著/岩崎書店)、続・ゾッとする怪談えほん『呪いのスマホ』(有田奈央著/新日本出版社)で絵を担当している。

 

 

Q1:人生において大きな影響を受けた本はありますか?また、よく人にプレゼントする本はありますか?

ろいろ考えてみたのですが、あまり本をプレゼントすることはありません。これ、すごく恥ずかしい質問だなと思って。本を読んで、普段何気なくそこから得た知識で話したりするじゃないですか。たぶん僕も無意識に読んだ本の知識を自分のアイデアとして話している部分があると思うのです。だからなんだか自分の本棚の中身を覗かれているような感じがする質問だと思いました。

今、パッと浮かんだのは社会学者の宮台真司さんの本です。普段から社会について考えたり、なんでこれってこうなっているのだろう、なんでこういう動き方するのだろう、と思ったりします。そういう悩みや疑問にサクッと答えてくれるのが宮台さんの書籍でした。宮台さんの本はけっこう読んでいますね。

 

ニーチェやフーコーなどの哲学書も読みます。入門書ですね。原著とかは全然読めないのですが、すごく影響は受けていると思います。フーコーは私たちが「当たり前」だと思い込んでいる価値観が実は歴史の流れの中で作り上げられたものに過ぎないということを暴こうとしました。フーコーは同性愛者で、当時はそれを隠し通さなきゃいけない時代でした。でも遡ってみると、ギリシャでは男が男を愛するとか普通にあったし、そういうモラルは別に普遍的ではないことに気づきます。物事を考える上で、僕は常に「それって本当に正しいのかな」という感覚があります。「この方の、この本」というのはなかなか無いのですが、いろいろな本を読んでその影響を受けていると思います。

 

ちょっと話は脱線しますが自分がオリジナルだと思っていたアイデアが実は過去の知識の蓄積から生まれたということって結構あって、まさに僕の作品もそうです。今、手掛けている『怪人シリーズ』は東日本大震災がきっかけで、あの時、自分が特撮の世界に投げ込まれたような感覚になりました。それで特撮=怪人という流れからモチーフに怪人が登場するようになりました。このシリーズの中に『アサリーマン』というキャラクターが出てきます。アサリーマンのデザインの元ネタは『カネゴン』というウルトラQのキャラクターで、ガマグチと貝が合わさったような見た目で、お金を食べる怪獣です。

制作しながらアサリーマンの意味を掘り下げていった時に、古代の貨幣って貝、「貝貨」だよな、となりました。アサリは貝貨でも貨幣価値のない貝だし、無産階級として、労働者の象徴としてアサリが出てくるのは意味があったなと。でも、もともとカネゴン自体がお金の怪獣なので、デザインするにあたってお金にまつわるものの源泉として貝が使われていたと思うのです。

カネゴンをデザインした成田亨さんはそういうことを考えていたと思います。成田さんが既にそういうレールを引いていてくれたから、僕はそれをちょっと掘り起こすだけでその源泉にたどり着けた。アサリーマンを考えた当初、僕はそこまで理解していなくて、けっこう直感的に選び取っただけでした。だからすごくラッキーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q2:ここ1年以内においてあなたの生活に最も良い影響を及ぼした1万円以内の買い物は何ですか?

万円もしなかったと思いますが、塗るとその場所がポカポカして血行が良くなるというクリームを買いました。この年なので老眼や肩こりがけっこうひどいです。特に一昨年くらいは制作関係が忙しくて、仕事が終わってから毎日制作をするという生活をしていたので、肩とか腰がバキバキでした。そういう時にクリームを塗ってパワーチャージしています。

あと最近は1万円じゃ買えないですけど、中野ブロードウェイの「まんだらけ」とかに売っている古いおもちゃです。今は外国の人も買うので、すごい値段になっていますが、昔は1万円くらい出せば結構状態のよいものが買えました。子どもの頃、自分が欲しかったおもちゃを眺めて夜中にお酒を飲みながら癒されています。コレクションとまで言えないと思うのですけど、たぶん引かれるぐらいの量はあります。

中野ブロードウェイに行っては癒されています。エネルギーチャージですね。古いものいっぱいで良いな、この紙の匂い良いな、という感じで楽しんでいます。インスピレーションを受けたりもします。古いおもちゃを見て「この色の取り合わせアリなんだ、こんなことやっちゃうんだ」などいろいろな気づきがあります。美術館に行くよりも中野ブロードウェイに行く方が好きです。

 

 

 

 

Q3:自分の中では失敗したと思った出来事が後の成功につながったことがありますか?具体的に教えてください。

生そんなことだらけなので、何から話せばいいのかな。僕、思ったように生きられてなくて、計画通りに物事が進んだことがまず無いですね。ここまで来るのも紆余曲折ありました。

 

先ほど怪人シリーズの話をしましたが、きっかっけは東日本大震災で、その時、僕は33歳でした。震災以前と以降とでは全然感覚が変わってしまって、私生活やそれまでの創作活動含めて全然上手くいかない、抜け出せない感じがあって、「あぁもうダメだ。美術やめよう」って思いました。その頃は美大受験の予備校で講師をしたり、高校の非常勤講師として美術を教えたりしていました。

予備校へ退職する旨を伝えたら、そこの代表の方から「10年くらい教えていたし、生徒も顔を合わせて挨拶したいと思うから最後に個展をやったらどうか」と提案されて、ご厚意で展覧会をすることになりました。歴代の生徒が来てくれて、そのうちの1人がSNSで「恩師がこんな展示をやっています。」と投稿してくれました。

 

それを見てわざわざ会場に来てくれたのがビリケン商会の三原さんです。ビリケン商会は古いアンティークのおもちゃなどを扱いながらギャラリーも併設していて、「君、面白いことやっているね。うちで展示しない?」と言ってくれました。「やめる」と言ったのにどうしようと考えましたが、面白いって言ってもらえて嬉しかったというのもあり「美術やめます」と宣言した1か月後にそこで個展を開催しました。

 

その後も三原さんがすごく良くしてくれて定期的に声をかけてくれました。

そうやって細々と活動を続けていたらいろいろな方から展示のお誘いをいただく機会が増えました。京橋のギャラリーで展示をしたことがあって、その時に古美術を扱うギャラリーの社長さんが僕のかなり大きめなサイズの作品を買ってくれました。その作品を届けに行った際に、社長さんと少しお話をして「僕は古美術の商いをしているけれど、現代美術も面白いと思っていて。いつか古美術と現代美術を一緒に展示できたら面白いと思うのだよね」と話していて僕も賛同しました。そんな話をしたあと、しばらくしたら、√K Contemporaryから「作品を展示させてもらっています」というダイレクトメッセージが届きました。どういうことだろうと思って話を聞くと、僕の作品を買ってくれた古美術を扱うギャラリーにいた方が現代美術を展示する√K Contemporaryというギャラリーを新しくオープンしたことが分かりました。

そこを訪れたお客さんの反応が良かったということで声がかかり「うちで展示しませんか」となり、現在に至ります。

 

自分の思い通りになっていなくても、いろいろな人に良くしてもらってここまで来ました。美術やめる宣言をしたけれど、辞めてないじゃん…ってたぶんみんな思っていますね。でも自分の中では本当にやめようと思っていたし、いまだにそう思うこともあります。でも、そういう時に限って次のイベントがふと立ち上がったりします。

 

 

Q4:よく思い出したり、人生の支えとなっていたりする言葉はありますか?ことわざや誰かの言葉、あるいは自分が考えたオリジナルな言葉でも構いません。

つも「人生万事塞翁が馬」と思っていて、良いことが悪くなったり、悪いことが良くなったりという経験を常にしています。僕は菊畑茂久馬さんという九州出身の作家さんが好きで尊敬しています。『美術手帖』という美術専門雑誌に、菊畑茂久馬さんが青木繁の回顧展を見に行った際の展評を載っている号があって、それを読むと毎回感動して涙ぐむことがあります。

その中で菊畑さんが「芸術というものは風呂敷に描かれた夢なのだ」と言っています。それぞれ重さは違うけど、人は「生活」という化け物を背負っている。それを風呂敷に包んで歩いていて、その風呂敷に描かれた夢が芸術なのだ、というようなことが書いてあります。

芸術と生活というのはそういうものなのだと。それを読んだ時は目から鱗でしたね。

 

その中には「芸術なんて必要としない人もいるんだよ」とも書いています。

あたかも僕は絵が描けたことで何かを言えるつもりになっていたけれど、別に特に言うことも無いのになぜ絵を描いているのだろう…と考えたりしました。表現できることを特権的なものとして捉えていたのだな、と。だからすごく自分に刺さりましたね。

 

 

Q5:今まででお金、時間、エネルギーなど何でもよいが自分のリソースを投下して最も価値のあったものは何だと思いますか?

「価値」というのが難しいですよね。それぞれの捉え方の問題ですからね。僕は制作とか物を作るということに人生の大半を使ってきているので、そういった一連の活動を肯定できるように自身の思考を振っています。ですから、この質問に答えるならやはり「制作活動を通して得た思考や体験」になります。

ビリケン商会の三原さんと出会ったことも財産だと思います。三原さんはいろいろなカルチャーに造詣が深いです。同時にコレクターでもあって、さまざまなコレクションを見せてもらったり、話を聞いたりして視野が広がりました。それが僕にとって価値です。美術をやっていなかったら絶対に気付けなかったことや挫折したこと、やめようと思ったことも価値だった気がします。

 

そういうことを経験することでいろいろな人の気持ちが分かる気もします。今って、勝っている人のやり方を知ることがもてはやされていると思いますが、負けたところからどう這い上がるのか、負けをどうプラスに転換するのか、そういうことを考えた方がみんなにとっては良い気がするのです。人はそれぞれ違います。一直線で行ける人もいれば、僕のように一筋縄でいかずここまで来ている人もいます。いろいろな人がいて、人生だよね、と思います。

 

現代って人のことを工業製品的に見ている感じがありますよね。この学歴があったらこれだけのスペックはあるでしょ?という見方というか。もちろんそれも一理あるし、そうじゃないとたぶん社会は回らないと思うのですが、周囲でも良い作家さんが親の介護とか様々な事情で作品が作れなくなってしまったという話を聞くことがあります。そういうことに対してスペックとか言っても、それって何の意味があるの?と思いますね。アクシデントが起こって1回ちょっと振り出しに戻っても、また這い上がって戻ってくれば良いんじゃないか。そのくらいの気持ちでいたほうが良い気がします。そういうことに気づくことが価値のあることだと思います。

 

 

 

 

Q6:自分の中でくだらないけれどなぜか止められないクセや習慣はありますか?

僕、ルーティンが多いです。くだらないかどうかは分かりませんが、朝起きたら絶対に腹筋ローラーをやって、スクワットを毎日20回やって、お昼を食べたらエアロバイクというルーティンを8年くらいやっています。平日のみで土日は絶対にやりません。自分で決めたことはずっとやりますね。きっかけは体力の衰えでした。でもジムに行くとか、そういうことではないなと思って。そこまでの労力だと絶対に行かなくなってしまうので、自分のできる範囲でやれば続くのではないかと考えました。ジムに行くと1時間くらいかかると思うのですが、朝の腹筋なら1、2分です。人生において1、2分なら毎回できると思いました。それで健康も維持できるし、ちょっとぷよっとしたお腹も引き締まった気がするし、効果を感じることができたのでこれなら続けられると思いました。

あと居酒屋のおてもとの袋を毎回折って、鶴の形にして箸置きにします。相手に不思議がられるし、黙々と作っているので、つまらないのかな、大丈夫かなと思われているかもしれません。でも絶対にやってしまいます。自分の中で決まりがあるとすごく楽で、逆に決まりがないとアワアワしてしまいます。だからルーティンは大好きです。気分に左右されずに実行することが大事ですね。箸置きはどんな飲み会でも絶対に作ります。自分では超普通だと思っています。僕ほどこんなに真面目に生きてきた人間はいないと思うのですが、人からは「変わっている」と言われます。

 

 

Q7:ここ数年であなたの人生をよりよくしてくれた新しい考え方や行動はありますか?

こ数年で相手の立場を考えながら喋ったり、議論したりできるようになりました。僕、今こうしていろいろなことをお話していますけど、学生の時はまったく喋れない、何も言えないタイプの人間でした。

妻と結婚してからは夏によくドライブに行っていました。レンタカーを借りて出かけるのですが、その車中でずっと話していました。普段は喋れないのですが、その頃は妻とならけっこう喋れるという感じでした。喋るというより議論ですね。夜中に峠とかを走りながら「これについてどう思う?」と2人でひたすら話しました。その時に話し合いって勝ち負けじゃないということに気づいて。勝ち負けで議論したら話が続かないし、大事なのはお互いに納得できる地点を探すことなのだと思いました。その思考はいまだにすごく役に立っています。

 

世の中、けっこう勝ち負けで生きている人っているじゃないですか。あと、自分の都合をゴリ押ししてくる人とか。そういう人はちょっと苦手ですね。お互いの立場を考えた上で「どこを落としどころにしましょうか」というのが話し合いだと思います。だから結論ありきの人もけっこう苦手です。

そういうことが分かってきてからは人と喋れるようになりました。でも世間話は苦手ですね。「今日、天気いいね」で始まるとその挨拶で会話が終わってしまいます。考えながら話したいです。「このことについてどう思う?」みたいなテーマがあるとずっと喋れます。そのことに気づいてからは人と話すことに自信がついていきました。自分が今、興味ある物事について喋って、相手と会話のキャッチボールをすれば良いのです。あと、人ってそれほど結論を求めてないということも分かりました。

 

会話ってメロディと一緒ですね。この音が来たら、次はこの音が来るという感じです。AIとかもそういう感じがしませんか?僕の言ったことに対して、AIはメロディとして合う音を返してくれる。そういうことがだんだん分かってきて「人との会話って、もっと気楽でいいのだ。」と気づきました。この考え方は僕にとってすごく良かったですね。そういうことに気づけたのは、ここ5年ぐらいだと思います。

だからよく誤解されるのです。「けっこう社交的な感じの人ですね」と言われますが本当はそうじゃないのです。いつもオドオド、ビクビクしながら生きています。今もそういう感じです。そう伝えると驚かれますね。でも学生時代を知っている友だちには「あの頃は挨拶すらできなかったのに、なんか変わったね」と言われます。人間は変われるのです。

 

 

Q8:これから新たな挑戦をしようとしている若者へ伝えておきたいアドバイスはありますか?あるいは他者からのアドバイスで無視した方が良いと思うものはありますか?

い時は才能とかセンスとか瞬発力が勝負です。でもその競争って、ある年齢になると変わる気がします。特に40歳以降になると変わってくるような気がしますね。同時に競争のルールも若干、変わるから「もし、志があるなら諦めないでやった方がいいよ」と伝えたいです。僕自身、いまだにこうやって制作を続けていることも諦めないでやってきた結果だと思っています。

 

20代の時は常に同学年集団との競争みたいな感じだったし、周囲もメディアもそういう風に見るじゃないですか。その競争ってけっこう熾烈です。でも若い時に注目を浴びて世に出た人が、その後10年も20年もそのポジションでずっとやれているかというと、意外とそうじゃないこともあります。もちろんずっと第一線でトップを走っている方もいらっしゃいますけど、そうじゃないことが多いです。

 

30代、40代になるとそれまで積み上げてきたことが物を言います。その年代になると、それまでやってきたことや積み上げてきたものがしっかりあります。僕はそれを『人生の努力賞』と呼んでいます。その価値が人から認められるようになる時期が必ずあります。若い頃は努力賞ってなんだよ、という思いがあったのですが、ある年齢になると努力賞って意外と価値ある賞だよね、と思うようになります。そこまで続けることができれば、ちょっとは日の目を見ることができます。

若くして才能ある人はきっと自分でできるし、アドバイスはいらないと思います。「大丈夫かな。このままやっていていいのかな」と思っている人に向けて何かアドバイスをするとしたら「とにかく一直線に行かなくていいから、続けていれば良い」ということを伝えたいです。トップに立てなくてもいいから、それでも続けていれば誰かが「面白いね」と近づいて来てくれます。そう思います。

 

 

Q9:ここ数年で、うまくNOと言えるようになったこと(ビジネスでもプライベートでも)はありますか?断るコツはありますか?NOと言えるようになった結果、新たに気づいたことや役に立ったことはありますか?

NOと言えません。言えないので本当に嫌な時は人伝で断ってもらいます。でも、僕がここまで来られたのはなんだかんだ縁が繋がったからだし、YESの連続だったからだと思っています。誰かに「展示してみない?」と言われて「いや、やりません」と断っていたら、今の僕はなかったかもしれません。

僕にとってはYESと言うことが人生をプラスにすることでもありました。でも自分が壊れるまでやってもしょうがないので、そういう時はNOと言った方が良いです。たまに話が通じない人っています。それが1番怖いです。仕事を振られたときに、稀に「その仕事量、分かって発注しています?」とか「これって僕に体を壊せということなのかな。」と感じたりする時があります。そういう問題を話し合いで解決できる相手ならいいのですが、たまに通じない人もいます。そういう時は人伝に断ってもらうか、早く僕の人生からいなくなってくれと願います。

 

基本は、YESです。でも自分が壊れちゃうようなことは絶対NOと言うべきだし、言った方が良いです。頼まれごとで断る理由がない時はYESと言っちゃいますね。本当に自分にとって大ダメージが来ること以外はNOと言えないかもしれません。逆に大ダメージを被らないのであればYESと言ってやってみてもいいんじゃないかな、と思います。自分の知らない可能性が生まれるし、次に繋がることもあるから、あまりNOと言い過ぎなくてもいいんじゃないかなと。でも本当にしんどい時や絶対にヤバイという時は死に物狂いでNOと言った方がいいです。

 

 

Q10:行き詰まった時、考えがまとまらなかった時、集中力が途切れた時、どうしていますか? 

き詰まった時でも、やると決めたことはやります。逃げません。制作とかもよく行き詰まっています。やめれば良いのかもしれませんが、そういう時もやめずに続けて来たから今があると思っています。行き詰まって絶対にダメだ、上手くいかないと思った時も形にするところまではもっていきます。未完成はないですね。たまに本当にどうにもならない時もありますが、失敗してでもやるので、恥が多いです。もう恥ばっかりです。でも最終的に失敗か成功かを決めるのは僕じゃない気もします。アウトプットは必ずするし、逃げないということが大事です。それでもダメならもうお酒を飲んで寝ます。明日に期待します。睡眠を取ることは大事です。徹夜は絶対にしません。意味がありません。眠くなったら寝ます。自分の生活リズムを絶対に崩さず、その中で悶々と苦悩して形にして世に出して、恥をかいて、次に繋げるということが大事だと思います。

 

 

Q11:サルバドールされたアートや芸術はありますか?単純に好きなアートや芸術でも構いません。 

われたのはピカソの若い頃の自画像を画集で見た時です。その時、僕は美大受験二浪目でした。もう今年、受からなかったら受験をやめて、とにかくなにかしらの仕事に就かないとダメだと考えていました。その年の1番最初の入試も落ちてしまって、また去年と同じ結果になるのか、1年間浪人で頑張ってきたのに意味ないのかな、と思っていました。緊張で固まってしまっていて、絵を描くのも怖くて、楽しめていない時でした。

 

予備校に参作室という画集などの参考作品が置いてある部屋がありました。休憩時間にその部屋に行ってピカソの画集を見たら、滅茶苦茶すごいんですよ。なんて言ったらいいか分からないくらい。「自分って、せこいな」と思うと同時に「こんな捉え方があるんだ」と衝撃を受けました。これまで絵を描く時に自分の中では「こうやって描くんだ」という手順がありました。でも講師の先生には「そんなマニュアルみたいなことやっていてはダメだよ。もっと自分らしさを出さなきゃ」と言われていました。自分らしさなんて分からなかったし、マニュアル通りに描いても否定されるし、実際に1回目の試験も落ちてしまったし、当時はなんだかよく分からなくなっていました。

 

そんなことを思っていた時にピカソの画集を見ました。絵の具を山盛り使って、刷毛跡もザクっと描かれていたのですが、物をしっかり見ないと出てこないリアリティがバーッと散りばめられていて、すごいと思いました。

その時に「受験がダメで、もしかして絵をやめることになるのなら、このピカソの自画像のような絵を描きたい。大学に行かなくても、今までやってきたことの支えになる作品が作れればそれで良いじゃないか」と思いました。

 

バイト代を切り崩して画材を買っていたから絵の具もケチケチ使っていました。でも、もう全部使ってやろうという感じで描いてみたら「最近いい感じだね!」と上手くいくようになりました。藝大は美術大学では最難関と言われている大学ですが、波が来たのかポンポンと閃いて、こうしてこうやったらできるはずと思いながら描いていたら受かって「信じられない!」となりました。

番号があるということが本当に嬉しかったです。その頃の美大受験ってずっと否定されるのです。けっこうスパルタな感じでした。僕らは氷河期世代で子どもの人数も多かったので、受験産業も最盛期でしたね。そんな感じで2年間ずっと否定されて怒られるたびに「すいません」と言い続ける日々でした。だから受かった時には信じられない気持ちでした。嬉しくて泣くというより、理解ができなかったです。当時、油画専攻は2000人以上受験して60人くらいが合格という感じで、倍率は40倍近かったのかな。

 

だから合格した10代、20代の若者は「選ばれし者」という気持ちになって勘違いしてしまうことがあります。そういう感覚に陥ってしまうのは良くないですね。その後の人生でそういった感覚が足枷になることもあります。人生万事塞翁が馬です。

 

 

 

 

Q12:人生のターニングポイントにおいて、あなたに大きな影響を与えた人物は誰ですか?(有名人でも誰でも構いません)または誰にサルバドールされましたか?そして誰をサルバドールしたいですか?

ルバドールされた人はたくさんいます。ピカソにビリケン商会の三原さん、√K Contemporaryにギャラリーのスタッフさん。僕にはそういう人がたくさんいすぎて答えられません。僕はただ目の前のことに集中してきただけです。夢中で取り組んでいたらいろいろな人が僕を次の場所に連れて行ってくれました。ちょっとしたロールプレイングゲームに近い感じかもしれません。このイベントが終了したから、次のステップという感じで進んできました。菊畑茂久馬さんの言葉は今も指針になっているし、支えられています。

 

サルバドールしたい人はあまりいないけれど、僕と境遇が近い人は、良ければ僕の人生を参考にしてください、という感じです。悪く言ってしまうと、僕はあまり人に興味がないとも言えます。だから人に影響を与えたいという思いもそんなにないですね。

ちょっと想像してみたのです。「あなたの作品を見て救われました」と言われた時に、嬉しいかどうか考えてみたのですが、あまり嬉しいとは思わなかったです。若干相手を疑ってしまうかもしれないです。結局自分の中での手応えがすべてというか。僕にとっては傑作が一枚描ける方が大事というか。でも、僕の作品が誰かを救うための役に立ったと言われたら、もちろん嫌な気持ちはしないです。

たぶん、もっとサルバドールされたいです。自分の作品で誰かをサルバドールしたい、ということはあまり考えていません。自分でもよく分かりませんが、まだまだ僕は救うより救われたい。だからいまだに制作をしているのかもしれません。僕の話が何かのヒントになれば幸いです。

 

 

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