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2026/06/02
月刊サルバドールズ

 

月刊サルバドールズ #28

性闘士☆準矢 / ヒップホップアーティスト

 


 

 

 

「基本、反省しません。」

 

Profile:

レペゼン茨城県古河市。ヒップホップアーティスト。

確実にメディアには出られないリリックと綿密に作られたトラックを武器にマイク一本でステージに立つ。

インターネットで完結する時代に逆行して、ライブでしか味わえないスリルと熱狂に魅了されるファンが増え続けている。関東を中心に全国各地で活動中。毎晩女と寝ている。

 

 

Q1:人生において大きな影響を受けた本はありますか?また、よく人にプレゼントする本はありますか?

に本をプレゼントすることはないです。影響を受けた本は『きょうのできごと(柴崎友香・著)』という5人の大学生が出てくる小説です。1日の中の時間軸を「午前3時」「午後6時」というように分け、その時間ごとにスポットの当たる人物が変わっていきます。時間軸ごとに1人ひとりの物語が書かれていますが、基本的には何も起こらないです。色恋沙汰なども多少ありますが、その時間軸で何か大きな出来事が起きて、何かが解決してめでたし、という話ではないです。

描写がすごく細かくて繊細なところが好きです。例えば、どこかに行って信号を渡るとき日の光がどう映って見えたとか、時間にして1秒から5秒くらいしかない短い時間の描写をすごく繊細に表現しています。そういうことって普段の日常の中で我々がけっこう見逃しがちな部分でもあります。日常のちょっとした風景だったり、心の動きだったり、ふとした時に頭に過るけどすぐに忘れてしまうようなことをしっかり細かく書いていて、それがめちゃくちゃ刺さりました。

今、39歳ですが20年ぐらい前、10代の終わりくらいの時にその本を読みました。それまでそういった日常の細かいところにあまり気づかなかったし、その視点はすごく面白いなと思いましたね。でも基本的には何も起きない話です。みんなでお酒飲んで誰かが寝ちゃった、という感じでゆるく話が進んでいきます。そしてそのまま最後まで特に何もなくぬるっと終わります。何年か前に映画化されていますが、映画はめちゃくちゃつまらなかったです。何も起きないから映画になるとつまらないし、文章の方が良かったパターンですね。細かいところに目を向けるということについて、自分の中では大きな影響を受けています。

 

あと『ピューと吹く!ジャガー(うすた京介・著)』というギャグマンガです。うすた京介さんは『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』の作者でもあります。このマンガはめちゃくちゃくだらないし、シュールです。自分の根底にもそういう部分があるので共感しますね。シュールさとか、くだらなさとか、理解を超えてくるものは、ものすごく興味深いです。マンガの中でも次々と理解できないことが起きるので、めちゃくちゃ面白いです。現実でも理解できないことがあると笑ってしまいます。普段、マンガも小説もほぼ読まないですね。毎年「毎月1冊は絶対に本を読もう」と思うのですが結局、買ったまま読まなくなってしまいます。

 

 

 

 

Q2:ここ1年以内においてあなたの生活に最も良い影響を及ぼした1万円以内の買い物は何ですか?

年半くらい前から「R-1」という乳酸菌飲料を毎日飲んでいます。飲み始めてから体調を崩さなくなりました。それまでは体調を崩しがちで、2ヶ月に1回くらい風邪をひいていました。睡眠時間を削って楽曲を作ったり、ライブをやったり、けっこう無茶している気がします。何かあるとまず睡眠時間を削っていたし、ライブをやって夜遅くに帰ってきて次の日も朝早くから仕事に行く、という生活をずっと繰り返していました。そういう生活が続くとやっぱり体調を崩しますね。「R-1」を毎朝、飲むようになってからはだいぶ調子が良いです。「R-1」とか「ヤクルト1000」とか一時期、乳酸菌飲料が流行りましたよね。その流れで、ちょっと試しに買ってみて効果があったら今後も買い続けようかな、と思ったことがきっかけです。無いと逆に心配になるし、すぐに風邪をひきます。あと最近は腸活も流行っているので、キムチや納豆などの発酵食品を食べるようにしています。今ではだいぶ慣れましたが、ずっと忙しい生活を続けていたのでたまにツライ時もあります。ライブのスケジュールをミスった、と思う時もあります。

 

今は無職で、何もしていないです。でも残念ながら音楽1本では食えないです。最低限の収入にもならないです。時間はあるけど創作にはあまり時間を使ってないし、ある程度スケジュールが詰まっていないとだらけちゃいますね。

前職を辞めた理由は偉くなりそうだったからです。課長になりそうになって「いやだな。辞めます。」となりました。職場の環境も良くなかったし、課長になったら責任もあるし、上司が割とちゃらんぽらんな人だったので、ちゃんと引き継いでもいないし…。課長になったらちょっときついな、と思いました。突発的な休日出勤があったり、当日の夕方くらいに急に言われて深夜まで働いたりすることもありました。それが嫌でしたね。ライブの予定が先に決まっているし、それを飛ばすことはできません。でも仕事にそこまで一生懸命でもなかったので辞めようと思いました。課長になりたくなかったです。給料もそんなに上がらないし、人も入れてくれないからしんどいし、という状態でした。そんな状態だったので、僕がいなくなった方が楽だな、と思いました。

前職は電気関係でした。工場で出荷を担当していたのでトラックを手配して積み込むことが主な仕事でした。こういう業界はブラックな部分がまだ残っていてトラブルが起きがちです。◯日の△時に持ってきて欲しいと言われて、担当者とその後の指示について電話で確認するのですが、現場に着いても担当者に電話がつながらないとか、現場に入るための許可証をもらってないとか、そういうことが多かったです。

そうすると各所からクレームが来て、その処理もしないといけません。クレームに対してこちらに出来ることは限られています。だから「はい、分かりました」と言って、時が過ぎるのを待つしかなかったですね。そういうことがけっこう多かったので、なかなかブラックだと思います。

 

 

Q3:自分の中では失敗したと思った出来事が後の成功につながったことがありますか?具体的に教えてください。

本的にライブは毎回、失敗していると思っています。自分の出番がスタートして曲をやったり、パフォーマンスをしたりするのですが、最初の掴みとかで失敗していると感じています。ライブは常に同じ人が、同じテンションで見ているわけではないし、場所によって雰囲気も変わるし、僕のことを知らない人が見ていることもあります。その人たちに自分をどうアピールしようか考えて、あの手この手を使ってやってみるのですが「これはちょっと反応が悪いな…」とか、そういうのを常に繰り返しています。

スポーツをするような感覚に似ています。実際にパフォーマンスをしてみて「あ、ダメだ。違うな」と感じたらすぐに「プラン Bで行こう」という風にその場の反応で切り替えて、考えながらやっています。自分の中で「最後は盛り上げて終わるぞ」というゴールがあるので、最後まで出し切ってライブを終わらせます。そこに執着している自分がいますね。基本的にライブをやりながらその場で軌道修正していくという感じです。曲を覚えないでやるのが自分のスタイルです。歌詞が書いてあるカンペを見ながらラップするのですが、そもそも覚えていないし、ラップは情報量が多いのでカンペを見てもできません。ラップを間違えてウケる時もあるし、まったくウケない時もあります。その日によって変わるのですが、ウケない時は間違えるとシーン…となる瞬間もあります。そういう日はめちゃくちゃ必死にやります。逆に間違えても大丈夫な日は他のパフォーマンスにも力を入れつつライブをやります。量的に覚えられないとか、そういうことではなくて覚えられるのですが、練習する時間が確保できないというのが現状です。

 

活動を始めた時から現在のスタイルを貫いています。曲を覚えないで、ふざけ倒しています。それこそ、うすた京介さんのマンガような世界です。ある時、曲を覚えないままライブ会場に行ってライブをやったら、お客さんが「これはやばい」とウケて、めちゃくちゃ盛り上がったことがありました。ライブ終了後に「次のライブはいつにする?」という話になりましたが、思うようなパフォーマンスができなかったし、自分の中で「これひどいな」と思っていたし、正直もうやりたくありませんでした。

そんなことを考えているうちに次のライブの日程が決まってしまい、それが何回か続きました。「バンドのワンマンの前座をやって欲しい」と言われ、逃げられなくなってしまいました。さすがにそろそろ曲を覚えて、ちゃんとやろうと決心して、曲を覚えて行きました。そしたら「なんで曲を覚えてきたんだ」「なんで上手くなっているんだ」と逆に怒られてしまいました。それからは一切練習をしなくなりましたね。歌詞を書いたらもう見ません。書いて終わりです。曲も聞き直すこともないし、自分のライブ映像を見ることもないです。反省会もしないです。基本、反省しません。大事なのはその日のライブが疲れたかどうか、出し切ったかどうか、ということだけです。現在はソロで活動しています。バンドもありますが活動休止中です。そっちの曲はちゃんと覚えるし、すぐに覚えられます。だけど性闘士☆準矢に関しては、そもそも覚える気がないので覚えられないです。

 

こういうスタイルの人は他にいないと思います。ソロでちょっと奇抜なことをやったり、面白いことをやったりする人はいますが、みんなMCの台本などがあってちゃんと構成ができています。喋る内容も事前に考えているし、曲もちゃんと覚えてくるし、ライブ中のちょっとした煽り方とかもしっかりしています。僕みたいに覚えてこない人はいないですね。

自分の出番が終わって裏に捌けた時には、すべてを出し切っているので疲れが押し寄せてきます。上手くできたのかどうかも分からないままハーハー言っています。出し切ることがゴールだと思っているので、それで伝わらなかったらしょうがないな、と思っています。楽屋で休んでから会場に戻ると、僕のグッズを買ってくれたり、写真を撮ったりしてくれるお客さんがけっこういます。

 

 

 

 

Q4:よく思い出したり、人生の支えとなっていたりする言葉はありますか?ことわざや誰かの言葉、あるいは自分が考えたオリジナルな言葉でも構いません。

ちらの質問は今までと違ってちょっとシリアスな感じになってしまうのですが、母が言った「なっちゃったものはしょうがない」という言葉です。これは4年くらい前に父が大腸がんで緊急搬送された時の話です。

父は病状がけっこう進行していたことを隠していたのではないか、と思っています。今、思うと出血していたり、血便が出たりしていたと思うのですが、父は何も言わずに生活していましたね。ある日、父の熱がずっと下がらず、お腹も痛いと言い始めて、母が病院に連れて行きました。母が連れて行ったのか、救急車で行ったのか、定かではないのですが仕事終わりに母から「今すぐ病院に来られる?」と電話がありました。「どうしたの?」と聞くと「大腸がんで今すぐ手術する」と言われ、仕事終わりにそのまま病院へ直行しました。病院に着くと既に手術は始まっていて母に詳細を尋ねると「大腸がんで人工肛門を取り付けないとダメらしい。今、その手術をしている」と言われました。それを聞いて「マジかよ…」となりました。急な出来事でよく分かっていなかったし、そんな予兆も無かったし、なんでそんなことになってしまったのか、とパニックになりました。そしたら母が「いやでも、なっちゃったものはしょうがないよ」と言ったのです。こういう時にそういう言葉ってなかなか言えないな、と思いました。でも諦めている感じではなかったです。いくら悔やんでも、もう覆らないし、時間も戻せないし、目の前の現実は変えられないので母の言葉を聞いて「そうだよな」とハッとしました。

 

母からそう言われた時に「やっぱり女性ってめちゃくちゃ強いな。そういう言葉なかなか言えないな」と思いました。もっとシリアスなことや最悪のことを考えてしまいそうになるけれど、既に母の中で「なっちゃったものはしょうがない。病気とどう付き合って、どう生きていこうか」というシナリオが固まっていたのかもしれません。わずか数時間のうちに大きな決断をして、尚且つそういう気持ちでいることは誰もができることではありません。人間はいつ死ぬか分からないです。事故が起きたり、犯罪に巻き込まれたり、そういうことは誰にでも起こり得ることです。そういう時に目の前の現実をどう受け入れて、どう未来に繋げていくかということをめちゃくちゃ考えさせられました。

 

父は1年半くらい前に亡くなりました。2年ほど闘病しました。父が大腸がんになってから1年ちょっとが経過した頃、母が急に亡くなりました。心筋梗塞でした。結果的に母の方が先に亡くなってしまいました。

1週間くらい前から背中痛いと言っていたけれど、なぜか病院に行かなくて。それを見た父が病院に連れて行きました。病院で「心筋梗塞で血管が破けているから、ペースメーカーを入れる手術をします」と言われ、緊急搬送されました。「マジかよ」となりました。その日に無事、手術は終わりましたが、数日後に急に血圧が下がったと連絡がありました。連絡を受けたのは夜で、その日はバンドのスタジオがあり、出かけていました。機材を下ろしている時に電話がかかってきて「ごめんなさい。母親の容体が急変したので今日は帰ります」と言ってすぐ病院に行きましたが、ダメでした。

医者は最初の手術の時に気づかないような箇所で血管がボロボロになっていてそれが破けてしまった、と言っていたのですが「本当かよ!?」と思いました。結果的に母の方が先に亡くなってしまって、僕的にはそっちの方がきつかったです。初めは現実を受け入れることができなかったのですが、ここ最近になってやっと受け入れられるようになってきました。母は70歳、父は67歳でした。

 

父はそれまで大きな病気になったことがほぼありませんでした。大腸がんになった時は「1日でも長く生きてほしい」と思っていました。でも結果的に父よりも先に母の方が亡くなってしまいました。急な出来事で、覚悟ができていないまま母を失い、そのショックが大きくて、しばらくの間はしんどかったです。

しかも、その2週間後には僕のワンマンが入っていました。気持ち的にとてもきつかったです。でも、いつも通り覚えずにライブに臨みました。性闘士☆準矢と僕の真面目な弾き語りライブという二部構成で、なかなかにしんどかったです。お経のトラックを使った「仏」という曲があります。そういう不謹慎な曲をあえてライブの一発目に持っていきました。パフォーマンスに徹したけれど、ライブ中はずっとしんどかったですね。「いや…これ、ライブできる状態じゃないな」と思いながらもやり続けました。でも同時に「しょうがない。これが現実だ」とも思いました。両親は僕のバンド活動に対して何も言わず本人が好きなようにやればいい、というスタンスでした。その代わり別にこちらも面倒は見ないよ、という感じでしたね。性闘士☆準矢に関しては最後の最後まで言えなかったです。特にそういう話はしなかったし、自分のやっている音楽やバンドに関する会話もしなかったので真相は分かりませんが、両親は薄々気が付いていたのではないかな。そういう話って、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。でも、そのことをきっかけに物事に対する受け止め方がだいぶ変わりました。「明日死ぬかもしれない」とか「今日死ぬかもしれない」とか、そういうことを毎日のように思います。だから「別に今日、死んでも後悔ないと思える生き方をしなきゃ」と常々思っています。

 

 

Q5:今まででお金、時間、エネルギーなど何でもよいが自分のリソースを投下して最も価値のあったものは何だと思いますか?

っぱり音楽に関わる機材かな。自分で曲を作って、レコーディングもしているので機材は常に良いものを揃えたいです。良いマイクと良いケーブル、そして良いアンプで録りたい、といつも思っています。だから機材にはけっこうお金を使っています。機材が変わると音も変わってくるし、頭の中で自分が思い描いているイメージに近付くことができるし、見えなかったものが見えてきます。自分の想像を超えるような新しい世界が広がりますね。モチベーションを上げるという意味でも定期的に機材を買っています。曲はスタジオで録っています。自宅の部屋はシンプルで、パソコンとモニターが1台。そこにスピーカーとキーボードがある、という感じです。1番高い機材はなんだろう、アンプかな。15万くらいしました。それ以外のマイクやヘッドフォンはだいたい10万くらいかな。1番高いのはパソコンかもしれません。

 

 

Q6:自分の中でくだらないけれどなぜか止められないクセや習慣はありますか?

慣になっていることはあります。夜に音楽制作をするのですが、その作業に区切りをつけて終わらせたあと、車に乗って10分くらい近所をドライブすることです。録音した曲を聴きながら「こうした方がいいかなぁ…」と考えたり、その日のことを振り返ったりします。外に出ると頭が1回リセットされるので毎日やっています。むしろ、それをやらないと1日が終わらないという感じになっています。だから、そういう作業をしたあとは雨の日でも車に乗ります。ライブは振り返らないけれど、今日という日は振り返ります。やっぱり車が良いですね、速いので。でも夜中の12時くらいになると警察がウロウロしているので、60キロくらいで走って、ちゃんと法定速度は守っています。

ライブ前のルーティンは「極限まで素でいること」です。始まる1秒前まで素でいます。全然スイッチが入らないです。ステージに出てもまだ入っていないですね。上半身裸で仮面をつけて音楽が流れてステージに出て行くけれど、実はまだ素の状態です。スイッチが入るのは一言目を喋った時ですね。一言目に何を喋るかは決まっていて「ヒェアー!」です。「マイクチェック!ワンツー!ヒェアー!」と言ってスイッチが入ります。そこで「あ、やらなきゃいけない。もう始まってしまった」と思いながらテンションを上げていきます。日によりますが、準備をしている段階で既に脱いでいますね。準備が完了して出番まで時間がある時は、その姿のままステージ横で待っていることもあります。

 

 

Q7:ここ数年であなたの人生をよりよくしてくれた新しい考え方や行動はありますか?

年、ライブでいろいろな場所に行くことが増えました。地方に行くこともあるのですが、できるだけその土地を歩くようにしています。地方にライブに行っても、人によってはその土地を知ることなく、ライブ会場しか知らないまま帰る人もいると思います。僕はできるだけ街を歩いて、どんな街なのか、周りには何があるのか、どんな人が歩いているのか、どういうお店があるのか、なるべくそういうことを知りたいと思っています。日本国内でも知らない土地や行ったことない土地は山ほどあるし、せっかく来たのだからその街のことを一つでも知って帰りたいという思いがあります。最近、インパクトがあったのは山形です。午前中には到着できるよう、ちょっと早めに出発しました。その時はライブ会場から電車で20分の山寺に行きました。1人で山を登ってお寺を見て帰ってきました。近くに有名なお寺があったらなるべく行くようにしています。その山寺は静かでなかなか良い場所でした。山寺の麓に「板そば」で有名な蕎麦屋さんがあるので、そこに寄って蕎麦を食べました。「板そば」は山形名物だそうです。地方に行った際は、その地域の名物を食べて帰ります。せっかくだから何か美味しいものを食べて帰りたいし、その地方のこともいろいろ知りたいです。僕の地元では見たことのないローカルスーパーとか、ドラッグストアとかにも興味があります。「この土地だと、このスーパーが強いのか」とその土地ならではの発見があります。そういうのが面白いです。ライブと言いつつ半分旅行ですね。

 

 

Q8:これから新たな挑戦をしようとしている若者へ伝えておきたいアドバイスはありますか?あるいは他者からのアドバイスで無視した方が良いと思うものはありますか?

「好奇心を持ち続けること」が大事だと思います。常にワクワクしたりドキドキしたりする環境を自分自身で作り出すというか、そういう風な環境下に自分を置いて鼓舞するというか。好奇心を持ち続けて何事も前向きに行動できるようになれれば、人生楽しいのではないかと思います。あえて辛い環境に身を置いて、自分自身が追い込まれることでワクワクする、というのはありますね。ライブでもわざと滑りそうなことを言って、あえて自分に不利な環境に持っていくみたいな時はあります。

 

基本、振り返らないのでライブ中のことは覚えていないのですが、世の中で流行っているものをパロディにして、誰も入っていけないような壁を作り、それを一方的にお客さんに投げる、といったことをします。お客さんが「え?何これ?」と思うような状態を作りたいです。何でもかんでもこちらのテリトリーに引き込もうとしても無理なのでそういう時は1回壊します。日常生活でそういうことがあるかと問われると難しいのですが、 1回壊してみるというのはなかなか面白いですよ。1回、更地にしてまた組み立てていく感じです。

盛り上がりすぎてしまうと逆に面白くないです。ライブをしていて「今日は絶対に盛り上がる日だ」と分かる日が年に何回かあります。お客さんがめっちゃ優しくて、みんなノリが良い、みたいな日です。でも、そういうのは面白くないですね。だから1回ぶっ壊します。

出来すぎちゃうから、あえてちゃんとやらないという時もあります。その調整は難しいですね。でも疲れきって終わることが最終目標なので、すべては疲れるためにやっています。それが重要です。たとえお客さんがどんなに盛り上がっていても、自分自身に達成感がないとダメですね。そういう時は最後に思いきり腕を振るしかないです。もはや物理的に疲れる、という感じです。僕がやけに激しい動きにする時は達成感が足りていない可能性がありますね。逆に気分がめちゃくちゃ盛り上がって激しいダンスをしていることもありますが、そういう時はもっとぶっ壊しにいきます。即興の部分が強いですが、1回心が折れたらもう立ち直れないタイプです。そこからどう修正するかということも即興で考えています。

無視した方がいいアドバイスは「大人の話は真に受けるな」です。結局は他人なので、その人が一生食わせてくれるわけでもないし、一生面倒を見てくれるわけでもないので、すべてを真に受けず自分のケツは自分で拭けるように、ある程度は責任を持つことが大事だと思います。

 

 

 

 

Q9:ここ数年で、うまくNOと言えるようになったこと(ビジネスでもプライベートでも)はありますか?断るコツはありますか?NOと言えるようになった結果、新たに気づいたことや役に立ったことはありますか?

本的にあまりNOとは言わないタイプです。でもライブの出演依頼は昔に比べて断れるようになりました。以前はスケジュールが空いていると何でもかんでも「この日、行けます」と即答していましたが、さすがにしんどいです。連日のライブで疲れていても仕事があるし、仕事が終わったその足で東京まで行ってライブをしたこともありました。そういう生活がけっこう続いて、休めない日が増えてしんどくなってきたので、この日は絶対ライブを入れないと決めたり、連続にならないよう工夫したりしました。なので今はハッキリと「この日はごめんなさい。スケジュール無理です」と断れるようになりました。

 

多い時は月に8〜9本、忙しい時は10本ライブした月もありました。3日に1回くらいのペースです。今でも多い時は月に7本くらいやっています。しんどいですね。1番良いのは月に2本くらいです。そう言いつつ月に4〜5本はやっています。今は働いていないので負担は無いですが、当時は働きながら毎週ライブをしていたので、しんどかったです。仕事をしていた時はライブは基本的に週末や土日、祝日だけでした。「今はもう無職ですよ」とアピールしても、皆さんそういう日にしか誘ってこないです。だから平日はずっと暇です。でも余裕があるというのは良いですね。

自分に正直に、他人に流されることなく、強い意志を持って断るというのが大事かな。

 

 

Q10:行き詰まった時、考えがまとまらなかった時、集中力が途切れた時、どうしていますか? 

き詰まった時は横になるとか、寝るとかそういう感じですね。1回、離れます。家では作業中とご飯の時以外はだいたい横になっています。横になって携帯をいじったり、適当に映画を見たりしています。オンとオフを切り替える感じですかね。起きていると疲れちゃうので、横になって充電しているような感覚です。昼寝はめちゃくちゃします。働いていた頃もしていました。昼休みにご飯を食べて20〜30分くらい寝ていましたね。ご飯を食べると眠くなるし、頭も回らないです。

 

職場の人には僕がアーティスト活動をしていることは言わなかったです。だから性闘士☆準矢だってことはバレていないです。でも「あいつ、たまに平日休んでるな」とか「なんか急いで帰って行ったな」とかはありましたね。同級生は僕の活動を知っていますが、今でも連絡が取れる同級生が少ないので、性闘士☆準矢を知っているのは数人くらいしかいないです。知らないのは職場とか親戚とか家族で、それ以外の人はみんな知っています。もし職場に知られていたら「いいお小遣い稼ぎになっているよ」と開き直るしかないですね。

 

家だと横になれますが、家以外の場所だと横になれません。そういう時はよく上を見ています。上を見て「天井が変な模様だな」とか「今日は雲の流れが早いな」とか思っています。行き詰まったら上を見るか横になるか。基本、前は向きません。そんな感じです。

 

 

Q11:サルバドールされたアートや芸術はありますか?単純に好きなアートや芸術でも構いません。 

ウトサイダーアートの代表的なアーティストでヘンリー・ダーガーという人がいるのですが、その人にだいぶサルバドールされました。死ぬまでの約60年間、誰にも知られることなく、ひっそりと制作されていた『非現実の王国で』という作品があります。ダーガーが暮らしたアパートの家主が死後、彼の持ち物を整理するために部屋を訪れた時にこの作品が発見されたそうです。誰にも見せることなく、知られることなく、そんな壮大な作品を作り上げていた、ということを知って単純に「すごいな」と思いました。たぶんその作品は現実世界と仮想の世界を繋ぐために、そして自分ためだけに作ったものだと思います。彼にとって大事な宝物です。

それを死ぬまでずっと作り続けていた。想像できない世界です。同じ気持ちになれと言われても無理ですね。僕は絶対に誰かに見せたくなっちゃう。作品だったり、絵だったり、文章だったり、自分で作ったものは誰かに見てほしいし、反応が欲しくなります。新曲を作ったら「やばい曲ができたから聴いてよ」とみんなに言いたいし、その想いが自分のアーティスト活動の入口でもあります。でも彼はそんなことはなく、ただひたすら自分のためだけに『非現実の王国で』を作り続けました。アーティストとしてすごいし、究極の位置にいると思います。そうなりたいかと言われたらなりたくないです。なりたくはないですが、他人からの評価ではなく、自分の思い描いている世界をひたすら作り続けた、という点に関してはある種、羨ましいなと思います。でも、だいぶ狂っていますよね。

ダーガーの死後、アパートの大家さんが彼の部屋で1万5,000ページに及ぶ作品を見つけた時、驚いたと思います。これぞアウトサイダーアートですよね。ダーガーは女性との関係も持たず、たぶん生涯童貞で死んでいったから、女性器というものが分からなかったそうです。だから彼の作品に出てくる女の人は女性の姿をしているけれど、ちんちんが付いているという不思議な感じで描かれています。そもそも見たことがないから知らない、ということでしょうね。すごい世界です。

 

 

Q12:人生のターニングポイントにおいて、あなたに大きな影響を与えた人物は誰ですか?(有名人でも誰でも構いません)または誰にサルバドールされましたか?そして誰をサルバドールしたいですか?

木市に『大童』というラーメン屋さんがあって、そこにジュニアさんという方がいます。僕と彼はそんなに歳が変わらないのですが、ジュニアさんはブルースとかカントリーっぽいことをやっていて、出会ってから15年くらい経ちます。20代の時に彼が「60歳になった時に自分がどんな曲を作れるのか、めちゃくちゃ楽しみなんだ」と言っていました。20代の頃の僕はめちゃくちゃ尖っていて「どうにかして音楽で売れたい」という気持ちしかありませんでした。だから60歳になった時にどうのこうのというようなことはまったく考えていませんでした。でも彼は何気ない会話でそういうことを言っていましたね。それを聞いて「なるほど!」と思いました。20代の頃の僕は「60歳ってもうジジイじゃね?」と思っていました。

 

歳を取った時に自分がどういう曲を作っているのか想像することもすごいし、そういう楽しみを持てる心に衝撃を受けました。20代の頃って、みんな「今」をどうにかしたくてもがいているのに、既に60歳になった時の自分に期待しているというか、そういう考え方自体が僕にとって衝撃でした。そこからは歳を取るのも悪くないな、長生きするのも悪くないな、という考え方に変わっていきました。たぶん僕はそんな長生きしないだろうと思いながら20代を生きてきたし、40歳過ぎくらいで死んでもいいかな、という感覚がありました。でも、それ聞いてからは長生きしたくなりました。60歳になった僕はどんな曲を作って、どんな音を鳴らしているのだろうと考えたらワクワクしてきましたね。想像がつかないし、どういう未来が待っているのだろうと考えただけでめちゃくちゃ楽しくなりました。

僕も見習おうと思ったし、ジュニアさんの言葉にはだいぶ影響を受けました。いまだに自分の中で「60歳になったらどんな曲を作っているのだろう。今はこの曲が最高だけど、 60歳になった時はもっと最高なものを作れるかも」と思うことがあります。もしかしたらその頃には性闘士☆準矢じゃなくなっているかもしれません。

 

性闘士☆準矢が50歳になった時にどうなりたいのかという目標はあります。あと10年後くらいの話ですね。でも、考えてみると下ネタを交えてパンチがあるパフォーマンスをするソロアーティストっておっさんしかいないんですよ。だいたい50歳を超えているおっさんばかりです。既にそういった方が何人かいるので、その人たちがいる限り自分の番は回ってこないと思っています。そういう人はやっぱりお客さんも集められるし、大きなイベントに呼ばれたりしていますね。何年か頑張っていますがその人たちがいる限り、僕は無理だなと思っています。

 

ここ2〜3年くらいですが、自分自身が本当におっさんになって、50歳まで続けた時に何かが変わるのではないかという期待があります。でも僕が50歳になった時にもまだその人たちが現役バリバリでやっていたら、その席はずっと空かないですね。それはそれでいいかなとは思っています。50歳になってからが本当のスタートなのかな、という思いはありますね。今どれだけ、いろいろ面白くやれるかなということは常に考えています。路線は変わらず、ずっとこのスタイルでやると思います。変えようがないですね。このスタイルの人はまずいません。後輩にもいないですね。みんなちゃんと練習して覚えてくるし、下ネタもあまりいないです。「覚えない」というのが唯一です。

 

性闘士☆準矢としての活動だけでなく、真面目な曲も作っているので、そっちでも60歳になった時にどんな曲を作っているのか考えますね。どっちも楽しみです。楽しみですが、60歳になった時に体が動くのか心配です。性闘士☆準矢をやるにあたって、何らかの練習や努力はしないです。曲を作るだけです。

想像を超えていきたいという思いはあります。見ている人にとって「なんとなく良かった」で終わってしまったら、きっと記憶に残らないですね。ご飯を食べていても「なんとなくいい感じで、美味しいお店だったね」よりも「めちゃくちゃ美味い」という方がずっと覚えていると思います。そういう意味でぶっ壊していきたいですね。

 

サルバドールしたい人は「暗い人間」ですかね。暗い人やネガティブな人は仲間だと思っています。10代、20代の頃の僕は基本的にずっと根暗でしたね。冴えない自分に劣等感を抱いている人がいたら「もっとダメな奴がいるぞ」と言いたいです。そういう見方をしてくれて構いません。元気になってもらいたいですね。人生どうにでもなります。ライブの時に目の前で盛り上がっている人たちも大事ですけど、そこの輪に入れないとか、雰囲気に馴染めずに端っこにいるとか、そういう人たちにも元気になってもらえるようにしたいです。そういう人を見つけたらとにかく力技でゴリ押しして、自分の体を使って精一杯パフォーマンスします。

 

 

 

 

LINK:

「性闘士☆準矢」オフィシャルサイト

 

 

 

 

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