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- 2023/11/21
- サルバドールズ
月刊サルバドールズ #14
梅木佳子/映画監督
「偽物と思われてしまったらみんなの心に『迫力』が残らない」
Profile:
香川県生まれ。
1993年 日本大学芸術学部放送学科卒業。
2011年 香川大学大学院地域マネジメント研究科修了。
2011年 さぬき映画祭映像塾修了。2012年さぬき映画祭シナリオ講座修了。
2015年 さぬき映画祭2015優秀企画上映作品として初監督「W&M」初上映。
2017年 さぬき映画祭2017優秀企画上映作品で監督2作目「Lemon&Letter」初上映。
2017年 合同会社k-works設立。
2020年 鳥取県鳥取市にて監督3作目「はちみつレモネード」初上映。
2021年 香川県琴平町にて監督4作目「虹色はちみつ」初上映。
2014年に「さぬき映画祭2015優秀企画上映作品」に選出され初監督した男木島が舞台の映画「W&M」をはじめ、2022年までに地域活性化を目指し4作品の短編映画を製作。4作品とも国内外の映画祭で多数グランプリを獲得。2作目の「Lemon & Letter」はAmazon Primeで日本・イギリス・アメリカで配信中。3作目の「はちみつレモネード」はU-Nextにて配信中。4作目の「虹色はちみつ」は、9月から11月にかけて、県内外で上映会の予定。
Q1:人生において大きな影響を受けた本はありますか?また、よく人にプレゼントする本はありますか?
本のプレゼントはあんまりしません。本は好きでいろいろ読みますが、いろんな本に影響を受けているので、特に「これ」といった本はないかもしれませんが、挙げるとすれば『MBA的課長術 鋭い頭を持った、世界で通用する(斉藤広達・著)』です。当時、小学生の娘を抱え働きながら勉強し、香川大学大学院地域マネジメント研究科を修了しました。忙しい日々を送っていましたが、土日と夜の時間を確保し勉強を続けました。課題が膨大で図書館に籠りました。とにかく時間がなくて。その時にこの本に書いてあった時間の使い方が参考になりました。本に書いてあったことを実践して乗り切ったという思い出があります。
修士論文(プロジェクト演習)で地域活性化や未婚率の増加、少子化対策、婚活イベントなども行いました。論文に必要な統計を取るため、3回にわたって人を集め200人にアンケート調査をしました。当時パソコンを教える仕事をしていて、それに関しては自信があったけど、アウトプットだけでなくインプットしたいと思ったので香川大学大学院地域マネジメント研究科に行きました。通う前に経済学の女性の先生とランチに行く機会があり、その時にいろいろ経済学について話を聞きました。先生は「経営や経済に詳しい女性が増えてほしい」と話していたことも香川大学大学院地域マネジメント研究科に興味をもつきっかけになりました。私は同科の6期生で、同期が33名います。男性は30名、女性は中国の方と高松市から来ていた派遣の方と私の3名だけでした。同科の生徒は1/3が学生上がりで、 1/3がさらに勉強したい人、さらに1/3が大企業や公務員で学費を援助してもらった人でした。その中に混ざって学ぶ日々は刺激的でした。
初代の香川大学大学院地域マネジメント研究科長は井原倫代先生という方でした。女性でトップなんてすごい、この先生に教わりたい、と思いました。そんな思いで同科の面接に行ったら、なんと面接官が井原先生でした。入学した年に先生は仕事で東京に行ってしまわれましたが、時々会って飲み会をしました。先生はその2年後に香川県に戻ってこられて、香川県を代表する複数の企業の外部顧問になられました。残念ながら2年前に亡くなってしまわれましたが、今も変わらず尊敬する先生のひとりです。
同科を終了後、映画制作に取り組み始めました。5,000円で映画が作れる「映像塾」という香川県さぬき映画祭主催の講座を受けました。そこでハマったことがきっかけで映画制作の道に進みました。「映像塾」は1日6時間、土日の8日間、実習します。そこでは映像制作の基礎中の基礎を学びます。宿題で15分のシナリオを書きました。投票で3位以内に入れば実習の中で映像化されることになっていたのですが、惜しくも私のシナリオは4位でした。映像化はされなかったけれど4位になったことが嬉しかったです。自分の妄想が映像になるということ、ゼロから1になるということがとにかく面白かったんです。私は昔から映画監督になりたいと思っていたわけではありません。
Q2:ここ1年以内においてあなたの生活に最も良い影響を及ぼした1万円以内の買い物は何ですか?
坂本龍一さんの楽譜とCDがセットになった本です。是枝監督の『怪物』という映画を観た時、エンドロールで『Aqua』という曲が流れていました。教授の体力が落ちてきており、今まで作った曲の中から選んだそうです。教授の曲は昔から好きで、ピアノで弾くこともあります。『Aqua』という曲は知らなかったので、すぐに購入し、時間ある時に弾いています。
Q3:自分の中では失敗したと思った出来事が後の成功につながったことがありますか?具体的に教えてください。
映画制作の撮影の現場ではしょっちゅうあります。映画制作が始まると「なるようになる」という場面が結構あります。例えばロケ地交渉して、使用許可を取っていたのに、後から使えなくなることも。他にも来てくれる予定のスタッフが急遽来られなくなったり、直前に来てくれるようになった人がめちゃくちゃ活躍してくれたり。必要な人が集結してくれるという不思議な経験をしています。最初はトラブルがある度いちいち落ち込んでいましたが、最近は「なるようになる」と思うようになりました。
完成した作品には監督のところに自分の名前がクレジットされているのですが、なんだか不思議な感覚を覚える時があります。自分の作品なのですが、制作する前から向こう側に完成物があり、自分はそれに向けて作らされているという気がします。
スタッフやキャストから意見が出て、撮影1〜2時間前にセリフを変更することもあります。映画制作は理屈では片付けられない部分がたくさんあります。観てくれた人が精緻に計算してコメントをしてくれますが、実際にはそこまで考えていないことも笑。自分ではない何かに動かされているような感覚があります。
Q4:よく思い出したり、人生の支えとなっていたりする言葉はありますか?ことわざや誰かの言葉、あるいは自分が考えたオリジナルな言葉でも構いません。
「事実を重ねて真実を報る(しる)」です。
大学時代の恩師である元TBSアナウンサーの新堀(しんぼり)俊明先生との飲み会の帰りに頂いた言葉です。たぶん卒業式か授業の後に飲んだ時に「サインをください」と言いました。私のスケジュール帳に書いてくださった言葉です。新堀先生はニュースキャスターで、取材畑の方でした。その時、私はニュースキャスター志望でアナウンス実習を受けていました。ニュースは語られているのをただ聞いているだけではダメ、一人だけや1個だけの事実だけで判断するのは危険だと。地道な取材をすることで真実・本質が見えてくる、と新堀先生は教えてくれました。その時は「ふーん」という感じでした。
バブルが弾けた直後、アナウンサーとしての就職が難しくなり、マスコミを諦めていましたが、ここ10年、映画のシナリオを書くためにいろいろな方に取材をするようになりました。今になってこの言葉がじゅわーと沁みるようになりました。私の映画は事実に基づいています。黒澤明監督と一緒に「七人の侍」の脚本を書かれた橋本忍さんは1〜2時間の映画でほんの数秒しか出演しない人でもとことんその人物を掘り下げます。ドキュンタリー映画でなくフィクションですが、背景や時代をとことん掘り下げます。偽物と思うと気持ちが離れてしまう。フィクションだけど、本当にその人が生きているわけではないけど、偽物と思われてしまったらみんなの心に「迫力」が残らないのではないかと感じています。
Q5:今まででお金、時間、エネルギーなど何でもよいが自分のリソースを投下して最も価値のあったものは何だと思いますか?
自分が手掛けた4作品の映画と一人娘との時間です。損得抜きで映画制作に打ち込んでいます。娘は23歳で、今は家を離れています。九州大学大学院で研究しており、遠く離れた場所で頑張っています。
Q6:自分の中でくだらないけれどなぜか止められないクセや習慣はありますか?
神社参拝です。「4作品とも神社のシーンが入っている」とスタッフに言われて気づきました。直ぐに撮影許可が頂けた4作品の撮影場所の近くには、神社がありました。現場の近くで神社を見つけた時は必ずお参りします。私の出身地でもある四国の香川県善通寺市にある「善通寺」は空海が生まれたお寺です。四国といえばお遍路さんが有名ですね。私は88箇所を制覇していませんが、近くに行った際にはお参りしています。善通寺はおじいちゃんおばあちゃんとも行きました。今年の夏で空海誕生から1250年を迎え、生誕祭が行われました。
Q7:ここ数年であなたの人生をよりよくしてくれた新しい考え方や行動はありますか?
映画は監督や撮影現場のすべてが反映されると思っています。そのため撮影現場のスタッフやキャストの性格や雰囲気を大切にしています。日々の行動や言動も反映されると思っているので、毎日コツコツと真面目に正直に生きようと努めています。映画を観るのが好きで、自身で映画を作るまではピンと来ていなかったのですが、映画祭などで監督と話すとその人の人柄が作品に反映されていると感じます。
映画製作を始める前に清水崇監督と飲み会でお会いし、名刺交換したのちメールでも連絡しました。「もしいつか本当にあなた自身が映画を作ることになったら、その時はがんばって!」と言われました。
さぬき映画祭で上映されることが決まった時、清水監督にすぐDVD を送りました。そしたら丁寧にWordで5ページの感想を送って下さいました。そのうちの3ページくらいは映画制作で起きた裏の話を正確に言い当ててられていてびっくりしました。実際の現場で起こった出来事とピッタリ合っていたので驚きました。撮影時や編集時にどんなにカモフラージュしても映画の中の雰囲気で全て分かってしまうのだ、と思いましたね。同時にますます気が抜けないとも思いました。今以上にスタッフやキャストの性格を重視するようになりました。撮影を楽しんでいるスタッフが集まってくれているので、それが映画にも反映されているのかな、と。
Q8:これから新たな挑戦をしようとしている若者へ伝えておきたいアドバイスはありますか?あるいは他者からのアドバイスで無視した方が良いと思うものはありますか?
失敗の積み重ねがいつか夢の実現につながるので、途中で諦めたり、腐ったりしないで頑張って欲しいです。その時は芽が出なくても、あとで必ずその頑張りが生きてくる時が来ます。「俺様」的な年配者の話は聞き流した方が良いかもしれませんね…。先程お話した「事実を重ねて真実を報る」という新堀先生の話も卒業後20年後に沁みました。香川県はアクセントが違うので、アナウンス実習で標準語の勉強にも苦労した思い出があります。結果的にアナウンサーにはなりませんでしたが、その経験が今も活きているのはあなただけだ、と同期に言われました。その時に夢が叶わなくても、無駄にはならなかった、学んだり打ち込んだりしてきたことがいつ活きてくるかは分からない、と感じましたね。
Q9:ここ数年で、うまくNOと言えるようになったこと(ビジネスでもプライベートでも)はありますか?断るコツはありますか?NOと言えるようになった結果、新たに気づいたことや役に立ったことはありますか?
話をしていて「ちょっと違うな・・」と感じた時は、あまり聞かず受け流します。とびっきりの笑顔で、柔軟に応対したあとで離れるようにしています。その人に直接で伝えるのではなく、紹介してくれた人に「あの人とは今後会うことはないだろう」とそれとなく伝えておきますね。そうするようになってからは、悩むことや怖いと感じることはなくなったかな。
あと女性の先輩方が実践していたことを1つご紹介します。とびきりの笑顔と高笑いの合間に本音を言うことです。高笑いだから、その場は和んでいるけど実はよく聞くとすごいこと言っているんです。「アハハ、オホホ」の高笑いの間にチクリと本音を入れていく。コレだと思いましたね笑。女性に生まれたからにはコレを使うべきだ、と。相手に対抗しない新しいやり方というか。自分自身はまだできないけれど、見ていてとても勉強になりました。
Q10:行き詰まった時、考えがまとまらなかった時、集中力が途切れた時、どうしていますか?
とりあえず寝ます。分からなくなったら寝る。時間ができた時は15時間くらい寝ることもあります。寝ないと良いものができません。特にシナリオを考える時は眠くなります。1回寝ると覚醒しますね。その日は無理でも、寝て覚めたらパッと閃く。4作目の『虹色はちみつ』の時もそうでした。撮影日が迫っていたにも関わらず、朝5時~8時までシナリオの大半を書き直しました。不思議と寝て起きた時に思い付くことが多くて。海外の映画祭でその話をしたら、日本ではシナリオを「書く」というが、外国ではよく「降りてくる」と表現すると聞きました。その後もいろいろな国の人に会いましたが、皆さん同じことを言っていましたね。
Q11:サルバドールされたアートや芸術はありますか?単純に好きなアートや芸術でも構いません。
1966年のフランスの恋愛映画に「男と女」という作品があります。この映画みたいな映画を作りたいという想いから初監督作品「W&M」(Woman and Man)が生まれました。
『男と女』は海岸線や景色がおしゃれで終始、フランスっぽい雰囲気に溢れています。雰囲気を大切にする男女の恋物語です。この映画を観て景色やロケーションが大事なんだな、と感じましたね。フランス映画が好きです。会話が少なくて、表情で語るような感じが好きですね。学生時代は、最近の作品よりも、白黒時代の作品をよく観ていました。あと、ヒッチコック監督の『ガス燈(ガスライト)』という映画も好きです。これに倣って映画制作をする際には、セリフはことごとく削り、出来る限り切り詰めるようにしています。
Q12:人生のターニングポイントにおいて、あなたに大きな影響を与えた人物は誰ですか?(有名人でも誰でも構いません)または誰にサルバドールされましたか?そして誰をサルバドールしたいですか?
さぬき映画祭主催のシナリオ講座を担当して下さっている大津一瑯先生です。先生の「あなたの新しい作品が観たいよ」の一言で、怖さと不安でいつも尻込みしながらも、作品作りをしてきたので。
初監督作品『W&M』の撮影時、心労で撮影期間の10日間で10キロ痩せました。その時に2度と作りたくないと思いましたが、大津先生が「また、シナリオ講座に遊びにおいで」と言ってくださいました。そこで出来たのが2作目の『Lemon & Letter』です。シナリオを書いていたらまた撮りたくなって。その熱意が実を結び「さぬき映画祭2017優秀企画上映作品」を隔年で2回受賞し、映画製作することができました。
映画制作は資金面でも怖くなる部分があります。無理だと思った時も「あなたの新しい作品が観たいよ」と言う大津先生の背中を見ると撮らなくてはと自分を奮い立たせます。作品が完成すると「苦労したけど撮って良かった」と思いますね。
大津先生は男性ですが、女性心理が分かる先生です。受講生は女性の方が多いのですが、書いたシナリオをちゃんと理解し、褒めてくれます。それがあったからこそ、ここまで続けて来られたと思っています。最初に大津先生に出会えたから良かったですし、今の自分が在るのだと思います。
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